子どもの頃、誰だって不思議な体験をしたことがあると思う。
例えば幽霊を見たとか、死んだはずの祖父母に会ったとか(幽霊と同じか)、知らない場所に迷い込んだとか。
年を経て後で考えると理屈は全くわからないけれど、それでも「確かにそんな経験をしたはずだ」という確信だけが残るような鮮烈な出来事が誰にでもあると思う。となりのトトロのさつきちゃんとメイちゃんのように。
そんなことを書くくらいなので、当然僕にも覚えがある。
その日は少し雲の多い夜で、珍しく車で30分ほどのちょっとした遠出をして家族で晩御飯を食べに行った。
ご飯を食べ終えてお店を出て、駐車場に向かうまでのわずかな距離で、僕はそれを見た。
「それ」は空高くに浮かぶ畳だった。しかしただの畳ではない(浮かんでいる時点で「ただの畳」ではないのだが)。簡単な柱があり、その上にやぐらのような屋根が添えつけられている。そして光っている。月の光に照らされているというわけではなく、自らを光源として光っている。神々しくライトアップされていると言った方が、その時の光り方を正しく表現できているだろう。
そして、何よりそれが異常だったのは、上に二人の男女を乗せていたことだった。彼らはまさに雛人形の「お内裏様とお雛様」のように着飾っており、こちらを見おろし私に笑いかけていた。
その笑みはにこやかではあったが、友好的なものとはまた違っていた。動物園に来た観光客が、何か珍しい動物を見ることができた時のような微笑みだった。
彼らは我々を見下しているわけではないが、彼らと私の間には動物園の檻のような、あちらとこちらの世界を隔てる何かが絶対にあった。
残念ながら、私の記憶はここで終わっている。その後この話を両親にしたのか、怖くて泣き喚いたのか、それは分からない。
今にして思えば、なぜ空高くに浮かんでいるそれを畳だと認識し、さらにそこに座っている人間(宇宙人かもしれない)を識別し、表情まで読み取ることができたのか全く分からない。そもそも本当にそんな外出をしたのか、その時食べたものも全く思い出せない。
もしかしたら、それは外出中の出来事ではなく、私の家の庭先で起こったことかもしれないし、彼らが乗っていたのはやぐらを設た畳ではなく、単に屏風が乗った畳だったかもしれない。(彼らは光る畳に乗っていて、二人いた、というところまでは確信している。)
それでも私の身体には、絶対にこんな感じの経験をした記憶が焼き付いている。冷静に考えればそんなことあるはずないというのは分かっている。それでもこの出来事が今でも忘れられないのは、それが頭ではなく、身体に焼き付いた記憶だからだろう。子どもの頃の摩訶不思議な出来事は、まるで難解な絵画を彫刻した入れ墨のように身体に染み付いている。