短編

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滑行

真っ直ぐにハンドルを握り、アクセルペダルを一定の深さに保つ。タイヤが地面を駆ける。低く、深い駆動音が身体を伝って聞こえる。何も考えなくていい。目的地さえも。 こうして車をあてもなく回す時間が好きだ。何かに追われるわけでもなく、何かを...
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メメントタトゥー

子どもの頃、誰だって不思議な体験をしたことがあると思う。例えば幽霊を見たとか、死んだはずの祖父母に会ったとか(幽霊と同じか)、知らない場所に迷い込んだとか。年を経て後で考えると理屈は全くわからないけれど、それでも「確かにそんな経験をしたは...
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鉱石

 暗紫色のその鉱石<アステラビリス>は美しく、この世界で造られている他のどの形のある品物よりも高い値がついた。例え古の名のある芸術家の絵画や技術の粋を集めた一品であろうとも、その鉱石と比較すると見劣りした。その石は何も巧むところはなく、た...
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自由と牢獄

十分に光の行き届いていない薄暗い廊下、ゴツゴツした石床、湿った空気。そして何よりあちらとこちらを隔てる無機質な鉄柵。私はこの国で重犯罪を犯したものだけが入れられる独房にいる。一日三食質素な食事が与えられ、徹底的に管理されたスケジュールで労...
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エレクトリカルナイト

バリバリと豪快に音を立てて食べる。舌を直接刺激し、鼻腔を殴るような苦味が僕に何も考えられなくする。はっきり言って美味しくなく、この上なく身体に悪いのに何故か目の前にあると食べずにはいられなくなる。食べないとイライラするという中毒の類ではな...
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鯨墓

瀧本トオルという男を思い出すとき、僕は必ず鯨について考える。正確に言えば、老いてその海を泳ぐことを諦めた、死して横たわる巨大な鯨だ。もちろん、僕は彼が中学校時代に好んで履いていたスニーカーや贔屓にしていたサッカーチーム、これまでに付き合っ...
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白い森の話

その白い森は確かに存在する。ただしどこにあるか分からない。正確に言えば、昨日までそこにあったからといって今日もそこにあるとは限らないし、明日は今日と違う場所にあるかもしれない。ただしその白い森は同時に2つは存在しない。したがって今そこにあ...
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