バリバリと豪快に音を立てて食べる。
舌を直接刺激し、鼻腔を殴るような苦味が僕に何も考えられなくする。
はっきり言って美味しくなく、この上なく身体に悪いのに何故か目の前にあると食べずにはいられなくなる。
食べないとイライラするという中毒の類ではないと思う。なかったらなかったで別にいいんだ。それでも目の前にあるとその瞬間、気づいたら手が伸びている。
人は病院に行けと言う。何か精神的な悩みを抱えているんだと深刻そうな顔で僕を見る。何よりそんなものを食べるのは致命的に身体に悪いと言う。
僕としてはどこにもおかしなところはないと思っている。僕と他人を分けるのは、ただそれを食べるか食べないかという違いだけだ。それに何年も食べているが、今のところ特に身体に異常はないはずだ。
僕がそれを初めて食べたのは9歳の夏、大雨が降り、家でひとりぼっちだったあの頃だ。そのとき珍しく大雨が降り、2ヶ月分の雨が1日で降ったとかなんとか、テレビで言っていた気がする。窓ガラスは大粒の雨に叩きつけられ、屋根の瓦は押し流されてしまいそうな大雨だった。
それでも家でひとりぼっちだったのは珍しくなかった。僕の家はその半年前から僕しか住んでいなかった。そのときは運悪く、みんなどこかへ出掛けてしまった。
僕はちくわが好きだった。あの淡白な味と、お腹いっぱいになる感覚がいい。それでもその日は運悪く、ちくわは家に置いてなかった。
でも代わりにそれがあった。ちくわに似ているけど少し細い。そして硬い。時計の裏に隠してあった。きっとお母さんが僕が食べ過ぎないようにって隠したんだ。何時間も口に入れて噛み続けていたら、少しずつ皮が柔らかくなり、中身を食べられるようになった。ずっと食べていたら、知らないおじさんたちが家に来てボートで僕を運んで行った。まだあの家にはたくさんのそれが残っていたのに。
それからもう20年、僕は変わらずあの苦味を求めている。今では硬い皮も数分で剥がせるようになった。
いつでも食べられるように、僕はそれを鞄に忍ばせている。僕のことを知らない人は、それをみて随分用心深い人なんですねとかなり驚く。
僕はそう言われると曖昧に笑ってお茶を濁す。本当の理由を言ったところで理解されないからだ。
そろそろ電車が来る。今日は金曜日だし、家に帰ったらお酒でも飲もう。
僕はそんなことを考えながら鞄から単三電池を1本抜き出し、おもむろに口に放り込んだ。