暗紫色のその鉱石<アステラビリス>は美しく、この世界で造られている他のどの形のある品物よりも高い値がついた。例え古の名のある芸術家の絵画や技術の粋を集めた一品であろうとも、その鉱石と比較すると見劣りした。その石は何も巧むところはなく、ただそこにあるだけで人々を魅了した。
官僚「大臣、今年も我が国のアステラビリスの採掘量は激減しています。このままでは来年には底を尽きてしまいます。」
大臣「なんだと。今採掘している鉱山以外の場所では採れないのか。」
官僚「今のところその可能性には期待できません。アステラビリスが生成される条件を考えると、我が国の最も高い山でしか採れないというのが専門家の意見です。」
大臣「人工的に生成する方法はないのか。天然物と見分けがつかなければさして問題も出ないだろう。」
官僚「人工的に生成されたアステラビリスはどうしても石の中に気泡が入ってしまいますので、一眼で天然物ではないと分かってしまいます。
大臣、はっきり言ってもう我が国の経済をアステラビリスの輸出だけで支えていくのは難しいです。」
大臣「ではどうしろと言うのかね。君に何かいい考えがあるのか?もうアステラビリスが採掘できないなんて、国民にどう説明するのかね。そんなことをすればパニックが起きるぞ。」
官僚「・・・。」
しかしそんな大臣の心配とは裏腹に、ほとんど全ての国民はアステラビリスがもう採れなくなるであろうということにはとっくに気づいていた。鉱山で働く力自慢の若者が毎日意気消沈して山から降りてくるのを見ていれば、鉱山に住む鹿であったとしても気づいただろう。
ところで、彼ら国民にとって、アステラビリスは誇りだった。彼らの祖国は小さく、貧しく、強大な軍事国家が立ち並ぶ大陸のちょうど隙間にひっそりと佇んでいた。その土地は決して豊かとはいえず、人口も多くはない。傑出した才能を持つ偉人を輩出した過去もなく、その大陸における発言力は言わずもがなだ。
それでも彼らは自らのコミュニティを国家という形で保ち続け、独自の言語やユニークな芸術を持っていた。彼らの経済的な、そして文化的な独立を支えていたのは、世界で最も美しく、最も希少価値の高いアステラビリスに違いなかった。彼らはどんな大国が働きかけてきたとしてもその鉱山の権益は譲らなかったし、彼らよりうまくその鉱山を加工できる職人は他の国には存在しない。
詰まるところ、アステラビリスは小国に生きる彼らの生活基盤であり、アイデンティティであり、矜持であった。
官僚「まずいです。ついにアドミラビリスの埋蔵量が底をつきました。この国の歴史を決定的に変えてしまう日になるでしょう。」
大臣「そんな日の大臣になれて、全く光栄だな。我々もついに他の生き方を見つけなくてはならない。もっとも、今日という日に至った今においても、それは見つけられなかったわけだが。」
小役人「大変です、国民が皆鉱山に集まっています!このままでは採掘現場に人がなだれ込むことになります!」
大臣「どういうことだ。そもそもあの採掘現場にはもう何もないはずだが。一体何をするつもりなんだ。」
小役人「皆ヘルメットとツルハシを担いでいます。ある者は大型のドリルを持っています。」
官僚「まさか。皆で採掘をしようということでしょうか。」
大臣「馬鹿な。何百人もの工員で掘削してもダメだったんだぞ。今更何があるというんだ。」
口々にそう言いながらも、彼らには国民の気持ちが理解できていた。
他の大国で、神だとかいう象徴を信仰する考え方が根付いている(C教と言うらしい)ように、この国ではアドミラビリスだけが確かな拠り所だった。そのアドミラビリスが枯渇したと言うのであれば、本当に無いことをはっきりとこの目で確認しないとならない。
国を富ませるための新たな商売、新たな政策なんかは政府にでも任せておけばよろしい。そんなことよりもまずアドミラビリスの(不)存在証明だ。国民は愚かで直線的ではあったが、それだけ切実で、敬虔だった。
彼らは今日も、どこかで穴を掘っている。